心 がよごれてきたので嵯峨野に行きたい。
まずは大覚寺にて般若心経の写経、冷えさびの大沢池を散策。

「いくつぐらいの時だったろうか、
大沢の池に舟を浮かべて、お月見をしたことがある。
・・・
その夜のことは今でも忘れない。
息をひそめて、月の出を待っていると、
次第に東の空が明るくなり、双ケ丘の方角から、
大きな月がゆらぬきながら現れた。
阿弥陀様のようだと、子供心にも思った。」
『私の古寺巡礼』(白洲正子)から抜粋。
白洲正子さんは大沢池が特別好きだった。
京都は日本じゃないみたい。
それくらい身近に日本的なものが消えうせてしまった。
果たして自分のなかにある日本ってなに!?。
日本人なのに日本を説明できないもどかしさ。
一昔まえ、熱心に写経する男女を大覚寺で観ました。
あの光景がいまだに忘れられない。
松岡正剛さんや白洲正子さんの文章に接するたびに
日本的なものの正体を考える。