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 宮澤賢治の詩の世界

     阪神タイガースの優勝も危うくなるような暗い世相の中にあって、いまマスコミで久々の明るいニュースとして取り上げられているのは、相次ぐ日本人のノーベル賞受賞です。 特に物理学賞の3氏受賞は驚きで、その業績の具体的理解は私の能力をはるかに越えていますが、伝えられるところによれば、南部陽一郎氏の授賞理由は「対称性の自発的破れのしくみの発見(1961)」、益川敏英氏、小林誠氏の授賞理由は「CP対称性の破れを説明する理論モデルの提唱(1973)」ということです。その領域は異なるものの、「世界の根源における対称性の破れ」を明示したという点で、なぜか3氏の受賞業績は共通性を持っています。  私はたしか高校生

     東京の「宮沢賢治研究会」が、来週10月11日(土)〜12日(日)にかけて、「比叡山ツアー」を開催されます。1921(大正10年)年の短歌「比叡」12首の跡をたどり、有志は賢治父子の比叡山越えのルートも踏破してみようという、意欲的な企画です。 私は、その11日の夜に、宿舎の延暦寺会館で、賢治の関西旅行について話をせよと言われたので、花巻から帰ってから2週間は、その準備に追われていました。  賢治が関西地方にやって来たのは、1921年(大正10年)の父子旅行と、その5年前の1916年(大正5年)に、盛岡高等農林学校の修学旅行として京都・大阪・奈良・大津をめぐった時の、2回ありました。11日には

     先週花巻に行った時に、イーハトーブ館で開催されていた「賢治研究の先駆者たち(4)―高村光太郎展」を、興味深く見ました。  なかでも印象的だったのは、高村光太郎も若い頃に、日蓮や田中智学に傾倒していた時期があったという点です。以下は、光太郎の随筆「父との関係」から、家族と自分の宗教について記した部分です。  父には宗教心がなかつたともいへないが、母と同じやうに、それはただ民間信仰の気休め程度のもので、観音も拝み、稲荷も拝み、不動も拝み、ただ家内安全無事息災をいのるといふ次第で、伝承の迷信や禁忌などは一ぱい持つてゐた。祖父などは天狗の存在を確信して

     昨日は、夕方に帰宅すると、花巻でお世話になった方々にたくさんメールやはがきを書いたり、ブログの過去記事中で表現が不適切とご指摘いただいたところを訂正したりしていて、気がつくと日付が変わっていましたので、花巻3日目のご報告もアップできませんでした。 で、今晩になって遅ればせながら・・・。  23日の午前中は、イーハトーブ館で「研究発表」があるのですが、まずどうしても花巻を発つ前に寄っておきたい場所があったので、朝は先にそちらに向かいました。 それは、花巻駅の近くにある「妙円寺」という浄土真宗のお寺で、じつは21日の日中にイーハトーブ館の書籍コーナーでたまたま本を手にとっていましたら、私がまだ

     今日も遅くなってしまいましたので、とりあえず写真をアップします。 会場のNAHANプラザ。 花巻市長から賞状を受けとられる、イーハトーブ賞受賞の高嶋由美子さん。 パルヴァースさんの受賞挨拶第一声は、「チョー気持ちいい!」でした(笑)。 パルヴァースさんの記念講演。現代の危機と、賢治の思想の世界的意義について。 懇親会。高村光太郎にちなんだ、趣向を凝らした料理が並びました。 懇親会の終わり。新代表理事に選ばれた、杉浦静さんによる乾杯の言葉。

     昨夜も「万両」でおでんを食べたのですが、今朝は6時台に家を出て、8時40分伊丹空港発の飛行機に乗りました。  花巻空港着が10時05分、この時点でも雨は降り続いていて、「賢治祭」は屋内開催になるのだろうかと気を揉みながら、タクシーに乗りました。  最近のニュースでは、北上川の上流のダムが賢治祭に合わせて放水制限をしていて、何とか「イギリス海岸」の泥岩層が露出するようにと協力してくれているということだったので(たとえばこちらの記事)、運転手さんに頼んでイギリス海岸に寄ってみましたが、今朝の雨の影響もあってか、泥岩層はぎりぎりおのところで水面に顔を出してはくれず、流

     明日は賢治祭に行きますので、21日深夜には、何とか写真をアップするように試みてみます。  花巻の天気がどうなるのか微妙ですが、賢治祭の会場がどちらになるにせよ、巨人−阪神戦の結果がどうなるにせよ、できるかぎりやってみますね。

     右の『【新】校本全集』年譜篇(p.65-66)の記事にあるように、盛岡中学では1910年(明治43年)11月16日に、英語を担当していた青柳亮教諭の送別式が行われたということです。賢治もおそらく、この式には出席していたのでしょう。 青柳教諭は、退職の間近いこの年の9月に、賢治ら10名の生徒を引き連れて、2泊3日で岩手登山や小岩井農場、網張温泉を旅行しています。その思い出は賢治にとっても印象深かったようで、後になってからも「小岩井農場」の下書稿に書き込みとして登場したり、文語詩「青柳教諭を送る」が書かれたりします。  ところで今回注目してみたいのは、右の三行目にある、その日の午後に行われた「

    9月19日(金) 9:00〜   花巻農業高校「賢治先生を偲ぶ会」            花巻農業高校 賢治銅像前 9月21日(日) 13:00〜  賢治の里で賢治作品を読む会            宮沢賢治イーハトーブ館 17:00〜  賢治祭            桜町 雨ニモマケズ詩碑前 (雨天時は南城小学校体育館) 9月22日(月) 10:00-12:00 第18回宮沢賢治賞・イーハトーブ賞贈呈式 13:30-14:15 宮沢賢治学会定期総会 14:30-15:30 賢治研究リレー講演 15:45-16:45 イーハトーブ・サロン 私と賢治 17:00-19:00 参加者交流・懇

     林光『宮沢賢治の詩によるソング・アルバム[混声合唱版] 岩手軽便鉄道の一月』(全音楽譜出版社)という楽譜が出ました。  林光 宮沢賢治の詩によるソングアルバム [混声合唱版]岩手軽便鉄道の一月 作曲 林光 全音楽譜出版社 2008-08-11 売り上げランキング : 167674 Amazonで詳しく見る by G-Tools  収録されている曲は、1.「序詞[クラリネット助奏付版]」、2.「序詞[クラリネット、チェロ伴奏版]」、3.「グランド電柱」、4.「岩手軽便鉄道の一月」、5.「ポラーノの広場のうた」、6.「祈り」、7.「海だべがど」、8.「若い柏の木と柏の木大王の歌」、

     
     生前の賢治が秘かに印刷して配布した、一連の「手紙」と呼ばれる文章の中でも、最後の「〔手紙 四〕」は、最も有名で、また読む人の心に切実に訴えかけるものがあります。 これは、賢治が1923年(大正12年)に、「樺太旅行、とりわけ「青森挽歌」で得た成果を周りの人々に伝えるため」(木嶋孝法『宮沢賢治論』)に、書いたものと言われています。内容は、「無声慟哭」詩群および「オホーツク挽歌」詩群と、「銀河鉄道の夜」の、そのちょうど中間に位置するものと言えるかもしれません。賢治とトシを連想させる「チュンセ」と「ポーセ」という兄妹が登場して、妹は死に、兄はチュンセの行方を探し求めます。  ところで、この「〔手


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