ビールを飲んでたら、思い出した。
実はこれ、「あんころじい」のいちばんはじめのころに書いたことだけど、当時読んでくれた人も忘れてしまっているだろうから、もう一度書く。
さて、ヒマのつぶし方だが、なんてったって、サイコーのひまつぶしは、おしゃべりだ。
おしゃべりなら、道具はいらない。場所もとらない。ぜんぜんカネがかからない。タダだよ、タダ。
そのことを自覚して、おしゃべりによるひまつぶしを最初に形式化したのは、たぶん、古代のギリシア人やローマ人だと思う。
「シンポジューム」って、あるよね。あれの原型は「シンポシオン」。
仲間が集まって、酒を飲みながら、徹夜でおしゃべりをした。それがシンポシオ
ひまを手にした原始人たちは、それをどう使ったらいいのか、さぞかし困ったろうと思う。
黙って手のひらに乗せていたら、指の間からポロポロこぼれ落ちていく。
で、思わず「あ〜〜〜〜!」と悲鳴に似た声をあげた。
そこからきっと、歌という文化が生まれたんだろうと思う。
さらに、その歌を聞いただれかが、浮かれて思わず手足をふりまわした。
そこからきっと、舞踊という文化が育ったんだろうという気がする。
そんなふうに、人はひまをつぶすためのさまざまな遊びをするようになっていったに違いない。
なかには、悪い遊びもあったろう。
が、遊びの中には、それによって心がいきいきしてくるような、そんな遊びがあることに気が
四国松山の友人から電話があって、講演を頼まれた。
経営者の集まりで、「観光資源としての地元文化の育成」について、一時間ほど話してほしいという。
昔からの友人なので引き受けることにしたのだが、どうもテーマがむずかしい。
「文化は金になるか、という演題なら話せるかもしれないなあ」と言ったら、
「それは、えげつないというか、ミもフタもないぞな」
と、電話の向こうの顔が困惑している。
「でもなあ、きれいごとの言葉は、もう届かないよ」
「それはわかるけど」
「企業の文化支援だって、結局は、自分の利益になるかどうかだろう。へんにカッコつけるより、はっきりそう言ったほうがいいんだよ。利益をあげて悪いことは
北京オリンピックの開会式は、テレビ中継が30%を超す高い視聴率だったとか。開会式だけじゃなく、柔道や卓球のナマ中継を見ていると、やっぱり、テレビから目が離せなくなりますね。
でも、それは、オリンピックの競技が面白いから、というだけじゃない。ふだんのテレビがいかにつまらないか、いかに非テレビ的かということの証明でもある。ことしも終戦記念番組にいくつかいいものがありましたが、いつもながらのお笑い番組は、完全に色あせて見えました。
オリンピック中継を見ながら、感じたことのいくつか。
石岡瑛子さんが担当した開会式の衣裳デザインは、いかにも石岡さんらしい厚みのある出来でした。アメリカ映画「ドラキ
原爆で廃墟になった長崎の町に、この少年は立っていました。
背中におぶった女の子はもう死んでいます。
少年は、唇を噛んだまま、身じろぎもせずに立っていました。
写真を撮ったのは、アメリカ人のジョー・オダネルさん。
アメリカ軍の一員として焦土の長崎にやってきたオダネルさんは、私用のカメラで、長崎の被災者たちの痛ましい姿を撮りました。
これはその中の1枚で、オダネルさんがいちばん愛着を持っていた写真だそうです。
自分たちの犯したあまりにおぞましい犯罪に、オダネルさんは、長崎で撮った写真のアルバムを、40年間封印していました。
が、その封印を解いて、原爆の恐怖を多くの人たちに訴えようと各地で写真展を開
そのころ、ぼくは、どんな部屋で、どんな身なりをして、どんな顔で、ラジオを聞いていたんだろう。
そう、上の写真のような感じで聞いていたのだ。
この写真の兄弟より、ぼくとぼくの兄はちょっと年上だが、ぼくらもこの兄弟と同じようなことをしながら、ラジオを聞いていた。
ところで、この兄弟は何をしているのか。パンを焼いているのだ。
とにかく食べるものがない。で、だれが発明したのか、小麦粉さえあれば、家で簡単にパンを作れる方法が考案され、それがあっというまに世間に広まった。
弁当箱くらいの木の箱を用意する。
箱の内側の長いほうの側面(2面)に、側面の大きさに合わせて切った銅版2枚をおく。
電灯線か
あれは昭和22(1947)年の冬だったと思う。
ラジオから、不思議な歌が聞こえてきた。
南の風が消えちゃった
北風吹いてる焼け跡に
建てたわが家はとたん張り
雨が降ったら水が洩り
風が吹いたら屋根が飛ぶ
これじゃとってもやってけぬ
ああ、寒いよ
この冬 着るものがない
風邪をひくのも無理はない
着のみ着のまま焼け出され
夏の背広が一張羅
わびしい歌である。哀しい歌詞である。
それなのに、聞いていると、底抜けに明るい。
ひどい暮らしを、楽しんでいるような響きがある。
歌と同じような戦後のあばら家の中でこの歌を聞いて、中学生のぼくは、からだの中から笑いと一緒に不思議な力がわいてくるのをおぼえた
これはとても重要なことだと思うのですが、
有料チャンネルなどの特殊なものを除いて、テレビはジャーナリズム産業であって、娯楽産業ではない。
で、テレビから流れてくるものは、形式が歌番組であろうが、バラエティ番組であろうが、ドラマであろうが、みんなニュースである。
と、ぼくは考えています。
そんなバカな、と言わずに、ま、聞いてください。
たとえば、歌番組。
歌を鑑賞しようと思ってあれを見る人はいないでしょう。
音楽として鑑賞するなら、コンサートに行くか、CDでじっくり聴いたほうがいいにきまっている。
では、テレビの歌番組とはなにか。
あれは、いま、どんな歌手が人気があって、どんな歌をどんな顔や
たしかに、筑紫哲也さんや久米宏さんや田原総一郎さんやみのもんたさんや古館伊知郎さんといった人たちは、テレビ・ジャーナリストと呼べる人たちです。
でもね、その人たちはニュース番組のアンカーでしょ。ぼくが日本にいないと言っているのは、カメラをかついで世間に出て行って、イキのいいニュースをせっせと掘り起こしてくる取材者なんですね。
もちろん、放送記者という人たちが、いることはいます。が、おとなしい栗ぼっちゃんのような人が多くて、マイケル・ムーアみたいな暴れん坊がいない。野次馬精神旺盛のやんちゃ坊主がいない。
だから、せっかくのテレビが、絵入りの新聞みたいになってしまって、世の中が生き生きと見えてこ
テレビジャーナリストの代表選手と言えば、なんてったってマイケル・ムーアでしょう。
ドキュメンタリー映画の話題作や問題作も多いから、映像ジャーナリストといったほうがいいかも知れません。
日本で言えば筑紫哲也さんのようなニュース・キャスターには、あちらでも有名な人は何人かいます。が、マイケル・ムーアみたいな人は、まず皆無と言っていい。
アメリカの銃社会を告発した「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年・ドキュメンタリー映画)
ブッシュの再選阻止をねらった「華氏911」(2004年・映画・カンヌ映画祭最高賞受賞)
アメリカの医療問題にひそむインチキを告発する「シッコ」(2007・ドキュメン
なにしろ「後期高齢者」なもんで、つい話が古くなる。
「モンティパイソン」なんて言ったって、知らない人が多いですよね、いまは。なにしろ、30年前のイギリスのテレビ番組ですから。吹き替えの日本版が放映されたのは1976年のテレビ東京。それだけじゃ誰も見てくれないだろうというんで、30分の本編の前後にタモリさん(テレビ初出演)たちが出て、1時間弱の番組にしていました。
これは、イギリスの個性的なコメディグループが繰り広げる「おバカ番組」で、30分の間にナンセンスなギャグやコントが、速射砲のようなスピードで飛び出してくる。そのコントとコントをつなぐアニメーションがまた斬新で面白かったのですが、それを
先進の礼楽におけるは野人也。後進の礼楽におけるは君子也。如用之、則ち吾は先進に従わん。
「先進的な礼儀や音楽は野人的であり、後進的な礼儀や音楽は君子のそれだ。もしどちらかをとるとなったら、私は先進のほうをとる」と孔子は言ったそうです。
ぼくは「論語」なんて読んでいませんが、尊敬する音楽評論家の吉田秀和さんがそう書いていましたから、間違いないでしょう。
君子の総元締みたいな孔子のことだから、温厚な君子のほうをとると思ったら、なんと、新奇さをねらう野人のほうをとった。ちょっとびっくりですよね。つまり孔子は、つぶあん派だったというわけです。
実はいま、吉田秀和さんの「モーツァルトをきく」(ちくま
前々回の話の中で、沖縄の「方言札」のことに触れましたが、その中に間違いがありました。おっちょこちょいなもんだから、昔、誰かから聞いたのをそのまま鵜呑みにして書いてしまったんですね。きのうの夜中にふっと気になって井谷泰彦さんの「沖縄の方言札」(ボーダーインク社刊)で調べてみたら、つぎの点が違っていました。
方言札は戦争中だけのものではなく、20世紀のはじめ、明治40年ごろからあったそうです。
方言札を首にかけて廊下に立たされるんじゃなく、次に方言を使った子が出るまで首にかけさせられるというのが、罰則の一般的なカタチだったようです。
ごめんなさい。
ついでにご紹介すると、井谷さんのこの本
前回、こしあん色の方言CMをご紹介しましたから、今回はつぶあん色の方言CMをご披露しましょう。6年前に秋田県が全国に流した観光CMの名作です。
雪深い山あいの温泉場。夜の露天風呂。湯けむりのなかから、女の人の声が流れてくる。
ここあきただば
どんたおんせんずきなひとども うならへる
どでんするほどの おんせんてんごくだんす
おめえだち おめえだちよ
どうかどうか ゆっくりとほねやすめに
きてくれたんへや
方言の暖かい響きがすばらしい。何を言っているのか、わからないようでいて、なんとなくわかるんです。
ところで、このCMには、ナレーションの方言を標準語に訳した字幕はついていません。それがよ
江戸は音の町、東京は文字の町。
これも、ぼくの持論です。
「近代社会は、言葉から音を奪った」
と言い換えてもいいし、
「方言は音の言葉、標準語は文字の言葉」
と置き換えることもできます。
げんに、もともと標準語は、書き言葉の標準として明治政府が定めたものです。本当の意味の共通語ではない。
日本の近代化を推進するためには、書き言葉を標準化し、文書主義を徹底させることで、コミュニケーションの効率化をはかることが必要だったんですね。
で、その普及を急ぐあまり、音の言葉の総本山である方言を排斥する動きがはじまった。
これは戦争中の有名な話ですが、沖縄では学校で方言を使うと、罰として首に「方言札
地球上の大気は、酸素と窒素と言葉でできている。
ぼくの持論です。
と言っても、ぼくのオリジナルじゃない。「地球上の大気は酸素と窒素と広告でできている」というロベール・ゲランの言葉のモジリです。
ま、モジリではあるけれど、広告も言葉の内、ぼくの言い方のほうがずっと正確じゃないかと思います。
ところで、このことを、ぼくがいやというほど実感させられたのは、東京の中学から四国松山の中学に転校したときでした。
学校に行ったその日から、ぼくは呼吸困難になって、倒れそうになってしまったんです。
なぜって、クラスの子たちのしゃべっている言葉が、ぜんぜんわからない。95%意味不明。
「うちはなんしよん?
べらぼうめついでに、ちょっと寄り道。
べらぼうめの
クラスター爆弾の禁止なんて、あたぼうよ! あれの不発弾で、失明したり足を吹き飛ばされたり。ひどい目にあってる連中がどれくらいいると思ってやがんだ。
でもなあ、この日本にも、クラスター爆弾の在庫がたっぷりあったとは知らなかったぜ。
4種類のクラスター爆弾を仕入れるのに276億円使ったんだってな。
国防上、どうしても必要なんだってな。
外敵が日本に上陸したら、ぶちかまそうってわけか。
べらぼうめ!
不発弾を近くにばらまくことで悪名高いあの爆弾を、日本でつかってみろ。
不発弾で死んだりひどいケガをするのは日本人だぞ。
なに考えてんだ、あいつら
カタカナはカラッとしてるけど、ひらがなはぬめっとしてる。
カタカナは椅子にすわってるけど、ひらがなは座布団にすわってる。
そんな感じ、しませんか。
「アイウエオ」はきちんと整列してるけど、「いろはにほへと」は好きに並んでる。
漢字的に表現すると、論理的と情緒的、科学的と文学的。
しつこいぞ。もういい。
というわけで、日本語の持っている湿度の高さは、ひらがなでないと表現できないですね。
もっとも、谷川俊太郎さんには、ひらがなだけで書いた「みみをすます」という詩集がありますが、これは日本的な湿度がまったくない、優しくて鋭い、すばらしい詩集です。
谷川さん自身は、「いろは」体質というより、湿気を嫌