「WIRED VISION」で、ブログを連載していただき、その連載がもととなって書籍化されたから、というわけではないが、近年刊行されたITに関わる評論の中では、傑作と言える
のではないだろうか。
ブログ連載が元となっているのは、6、7章だけで、書籍の全体像は存じ上げず、最初に手に取った時には、予想以上のボリュームに、やや心配になったのだが、読み進めると、その分量の多さは、濱野さんの初の書籍という力の入れようがわかり、納得する出来上がり。そして、その分量の多さにも関わらず、とても読み進めやすいのは、濱野さんの論理的思考が明快で、その展開がスムーズだからだろう。
「アーキテクチャ」と「日
久しく経済学のお勉強から遠ざかっていたのだが、このところの「100年に一度の津波」ということで、この事態を経済学者の皆さんはどうお考えなのか知らねば、と思い、まずはいつものように岩田先生に頼る。
出版は、10月10日だが、リーマンショック以降の世界経済の激動が、ここに反映されていれば、なおタイムリーだったんだろうな。
相変わらず、素人を相手にしていただいても、わかりやすく本質を解説していただいているように感じる。この本での鍵は、「景気を安定させる方法はあるのだろうか?」という6章だろう。で、公共投資や減税が期待されたほど景気対策には寄与しないこと、インフレターゲットの有効性が説かれる
長らく、ご無沙汰してしまった・・。
ようやく秋の気配だけれど・・、夏から準備していた企画がようやくプレ公開。
グリグリ動いたり、パタパタめくれたりします・・。
・「フィガロジャポン」のウェブサイトmadamefigaro.jp/
落ち着いたら、また次かな〜。は〜。
本のタイトルとは、かなりかけ離れた内容。だが、ビジネスモデルの変革を迫られる既存のマスメディアがどうしたらいいのか、という分析は、これまでありがちだったその危機を煽るものではなく、きわめて冷静。
既存マスメディアは、ネットの一般化で、対策を迫られているが、それは、ネット対テレビ:ラジオ:雑誌・・というようなものでなく、それぞれのメディアが、それぞれの特徴、特質をよ〜く考え直して、必要に応じて、ネットも使いつつ、新たなビジネスモデルを構築せよ、という至極まっとうな話だ。
そこで分けて考えるべきなのは、ネットかマスメディアか、ということではなく、例えば、ビジュアル×テキスト、ブランディ
秋葉原で通り魔・・。ヒリヒリするような不満、不機嫌が社会に充満している・・。
この本の最後の部分から・・
「企業という場だけでなく、学校や家庭、地域社会など、多くの場で関係が希薄になり、お互いが関わりを持たず、孤立していく状況になってきている。その結果、隣の人が何をしているのかわからない社会になり、自分の鍵をしっかり閉めて、気をつけていなければ自分の身が守れない社会になりつつある。
いろいろなものが便利になり、一人ひとりは経済的に豊かになっても、いつも不安を抱えながら生きていく社会になりかねない。それでよいのだろうか。
協力し合うという行為は何も、ただ単にみんなで仲良くしましょうと言
はぁ〜。いろいろあって、途絶えてしまった・・。久しぶりに、また本などの備忘録を再開。
あとがきに、この本の目的と内容がよくまとめられている。
「本書に収録した6つの対話でわれわれが考えようと思ったのは、集合知という漠然とした概念と、実際の「ものづくり」がどこでつながるかということだ。
もし集合知とモノがつながるのであれば、そのつながりの部分はどんな接着面になるのか。接着させるのはアーキテクチャーなのか、それとも人なのか。企業なのか、それともブロゴスフィアのような個人の集合体なのか。」
「今後期待される大きな流れとして、集合知ビジネスがコンテンツからプロダクトへと進むという、そういう方向性が
凄いタイトル、すごい表紙・・。
「日本でもオープンソースが注目され始めて5年以上の年月がたっていますが、中心となっている人はずっと変わっていないという現状があります。……
6年ほど前なら、中学や高校時代に自宅や学校のクラブでプログラムを書いていた経験のある大学生や、大学生になってからコンピュータを使うようになったけど、UNIX環境にどっぷりつかって、プログラムを書くことや、ネットワークを構築することに時間を費やしている学生に、頻繁に出会うことができました。しかしここ数年、そのような大学生は確実に減っています。」
う〜ん、どうなんだろう。ケータイからのネットアクセスが当たり前になっている
以前、「創造」と「空気を読む」は、時に相反することでもあるはず、と書いたけれど、鴻上尚史が似かよったことを言っていたのでメモ。もう随分前(1月8日)の日経連載「YEN漂流 私はこう見る 鴻上尚史」から。
「社会の閉塞感が強まっている。『空気を読めない』という言葉が典型だ。空気を読むという行為は自分で自分に制約を課すこと。『世間体』の復活ということか、日本全体に内向きの傾向がみられる。……
もう一つの閉塞感は、日本人が結果平等への思いを忘れられないことからくる。……まじめに働いても格差は広がるという重苦しさに包まれている。そうした二重の閉塞感を和らげ、生きて行くことを楽にするのが文化の力であり
Tech総研のインタビューをまとめたもの。有名エンジニアに、その「技術」について聞くのではなく、これまでの人生、楽しみ、仕事観という視点で聞いているのが、ひじょうに面白い。
・大平孝之(プラネタリウム・クリエイター)
「エンジニアに必要なのは、まず社会のおける自分の位置づけや影響を認識することだと僕は思っています。自分の技術は何のためにあり、どう役にたつのか。何が判断材料の基礎となるべきか。その意味では、世に新しいものを生み出すだけが技術だけではありません。そでにあるものを守り、改良し、維持していく。そういう仕事にもとても大きな価値はあります。そうやって会社は支えられているからです。もっ
「現実の世界を眺めれば、「オプティミズムなんかどこから生まれるんだ」と言いたくなるほどの深刻な問題が山積である。ただそれを「絶望的だ」と言っているだけでは、エネルギーは身体に満ちてこない。……地球上はさまざまな矛盾や難題に満ちているが、それは過去から現在に至るまでずっとそうだったのであって、そう簡単に大きな破局を迎えたりはしない。人類の叡智をその程度は信頼してよいと思う。
私は、「社会変化とは否応もなく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルすべきか」を最優先に考えて生きてきた。そのことに後悔はない。社会をどうこうとか考える前に、現実問題として個がしたたかに生きのびなけれ
ひじょうに楽しませてもらった。特に、個人的には、第二部へ入ってからの、展開のうねりは、心地いい。最後のまとめ部分は、背景として意識されているだろう知的バックグラウンドを共有できていないためか、やや唐突に感じられたけれど、それは、僕の個人的なことなのだろう。
今、日本の若者にの内面に何が起きているのか。その内面と、情報社会とはどう関わっているのか。そしてこれからどうなるのか、どうすべきなのか。
この点を語らせたら、当代随一だろう。そして、それが単なる批評に終わらず、人生論にも読めるのは、鈴木氏が、時代と並走しているからなのだろう。
「今回は、……、その未来像にいくばくかの「希望」を見出すことをひ