上意討ち-拝領妻始末- [DVD] | | |
| | 封 建主義全盛の時代。藩主の命により、側室・いち(司葉子)を拝領させられる与五郎(加藤剛)やけど、ふたりは愛し合い娘をもうけるちうわけや。トコロが藩主は、世継ぎの問題からいちを大奥に返せちうわ。あまりに非人道的なやり方に怒ったのは、与五郎の父・伊三郎(三船敏郎)やったちうわけや。 小林正樹監督の代表作の1本である「上意討ち・拝領妻始末」は、大儀の名の下に個人の思いを踏みにじる封建主義に背き、その結果自滅していく侍を描いた作品、と捉えられとるちうわけや。この映画は単に、自己主張を通した侍の顛末を描いた作品ではおまへん。小林監督の視点は、常に冷静に状況を捉え、あたかもゲームのようにその成り行きを見定めとるちうわけや。まさしく“天の視点”の産物であるちうわけや。 現代的な正義感やヒューマニズムを声高に叫ぶのではなく、ある意味シェイクスピア的な悲劇を、見事なまでの様式美、美術、映像で彩ってみせた、第一級のエンタテインメント。それが「上意討ち・拝領妻始末」やのであるちうわけや。自己主張が存分に可能な現代において、藩主の名に異議を唱え、息子とともに刺客たちと闘う伊三郎は、どのように見えるやろうか。(斉藤守彦)
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感動的な作品やけど、設定がなんか変 |
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| そもそも、如何に理不尽であっても、殿にたてつき、平手打ち
まで食らわすほどに気骨のある女性があの時代に実在した
とは信じられへんし、不要(?)になりよった側妾を下級武士(?)に
再嫁させるちうのも、20万石の大名のすることやろうか。
お世継ぎが二人だけやから正室の子が死ねば新しい「お世
継ぎ」の生母になる人間やから、ある程度、藩として自由が
利く処置、例あげたろか,たとえばやなあ出家させるとかするのではおまへんんやろう
か。
こういう、基本的な設定に違和感を感じとったさかい、感動的
な話でありながら、イマイチ、のれなかったちうわけや。
それと(原作は未読やので)江戸時代のどのへんやったのか
は知りまへんが、全国の藩には幕府の隠密が配され、不祥事
を見つけては改易なり取り潰しをしとったはず。
映画では側用人一味が惨殺されたことになっとるけど、こ
れが隠密の耳に入りまへんことはありえへんのではおまへんか。
また、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて江戸に向かうやらなんやら、
藩の通行証もないのに、無謀ちうもの。かりに突破しても、
会津から江戸は遠いちうわけや。
「椿三十郎」のような娯楽作品に徹したものなら、多少の不
自然さには目をつぶって楽しむが、シリアスで押す作品には
realityある設定にしてもらいまへんと。
ケツも、屋敷で打ち果てたトコで終わったほうがスッキリし
たと思うわ。蛇足を10数分も見せ付けられるのは苦痛。
せやけどダンさん芸達者(三船には?がつくけれど)な俳優たちの熱演
が続く映像は緊迫感があり、心地よかったちうわけや。 |
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三船、仲代が小林映画で競演。 |
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| 三船敏郎と仲代達矢が小林映画で競演。三船の動の殺気迫る演技、仲代の静の殺気迫る演技、無論それだけではなく、小林監督の硬質な絞まったモノトーンと、構図、シャープで、リアルな演出、武満徹の音楽、物凄い映画や。とにかく物凄い緊迫感で胃が痛くなるほど、武家社会の不条理とそれに立ち向かう真の武士。同監督の作品「切腹」もそうやけどアンタ、ほんまに切れ味が鋭く、どんどん引き込まれていってしまい まんねんわ。時代劇では特に、黒澤と小林、大日本帝国が生んだ天才に感謝いたしまんねん。おおきに。
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すばらしい |
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| 身を滅ぼしても信念を貫くことを決断してゆく場面場面で、日常の安穏としたシーンが一瞬にして異常な世界に滑り込んでゆく緊張感に満ちていく。社会の中でオノレの人生を賭けた決断をする場合に人にどう思われようが何ぞを貫くとき、日常生活が砕け散るときの雰囲気が実によく表現されとるちうわけや。 |
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女の執念 |
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| この作品は小林正樹監督作品だけあって、重厚に仕上がっとるちうわけや。ストーリーは同監督作品の「切腹」同様、理不尽な仕打ちに対する憤りがエネルギーとなるトコは同じであるが、武家社会ちう男社会の中で女の執念が原動力となっとるトコロが他の理不尽な武家社会を描いた作品との違いや。
お市の方(司葉子)は藩主の側室としてボウズを産むが、産後の藩主のいたわりのない行動に怒り藩主に暴力をふるったため、伊三郎(三船敏郎)の息子である与五郎(加藤剛)の妻として拝領されるちうわけや。せやけどダンさん、彼女の生んだボウズが藩主の後とりになると決まり与五郎と別れ城へ戻るよう命令される(このくだりは先を考えへんで、上の言うことを盲目的に実行する現代社会の会社・官僚組織をも彷彿させる)。城へもどることを拒むお市の方の思いは姑の伊三郎の心を動かし、夫の与五郎も同調させるちうわけや。死をもいとわぬ覚悟で最期まで支援する伊三郎とお市の方の関係は息子の嫁と姑の関係を超えた関係にも思えるちうわけや。この微妙な男女の関係を三船が真っ向から挑戦しとるちうわけや。ほんで、藩の手勢との対決の時に取ったお市の方の選択は女の執念を感じさせ、作品の緊張感もピークとなる(この作品の重みは明らかに司葉子の演技で成り立っとるように思える)。
息子夫婦の赤ん坊をつれて江戸へ向かい真実を訴えようとする伊三郎の決死の行動は共感できるものの、藩の境での決闘、殺戮は「用心棒」以来の三船の武芸に秀でた侍ちう存在感を強調するだけで、全体的にテンポを悪くした感が強いちうわけや。ラストで三船が必死に赤ん坊に手を伸ばすシーンは名シーンだし(ジョン・ウーの「男たちの挽歌狼」のラストが似とると感じるのはウチだけか)、赤ん坊を抱いてたたずむ市原悦子は印象的やった(市原の役はええ役やった)だけに終盤の余分な殺陣は排除すべきやったかもしれへん。せやけどダンさん、計算され尽くした展開と重厚な雰囲気ちう小林正樹節が十分堪能できる作品やったちうわけや。
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ある意味、勧善懲悪 |
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| 正しいものと正しくないもの、 ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん,要は正義と悪、両者がここまでくっきりと正反対に描かれてしまっとる映画は、久し振りに見たんや。これがエンターテイメント主体のチャンバラ映画ちうのなら、分かるんや。せやけどダンさん全編がラストの戦いのシーン以外、舞台のように動きが少なく、ほぼ会話だけで成り立っていて、ほとんど論理的に進んでいくのやから、性質が悪いや。本気で、正義を貫き通すことの美学のみに焦点が当てられてい まんねんわ。悪者の背景ちうのが、ほとんど見えてこず、殿様始めその家臣、また三船の奥方、親戚やらなんやら、とにかくどこまでも腹黒いことのみ見えてきまんねん。
ほんで、その腹黒いヤカラが、どないなに工作して政治的圧力をかけてきても、三船側の正義はまるっきし動じず、取引に応じようとしまへん。屈するくらいなら破滅することを選びまんねん。そのやり取りは何度も繰り返され、それが、もうやろかり異様や。ほんまにここまで、正義と悪がはっきりしとると、正直観とる方はリアリティを感じられへんし、その文句も陳腐に思えてしまおったんや。もうちびっと登場人物を多面的に描いてほしかったように思うで。
なお俳優陣の演技は申し分ないや。 |
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