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| | | 最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か? |
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今日の開発問題を考える際の一級書 |
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| アフリカ問題の大家が、今日の開発問題の盲点に挑みます。ただ、大家といっても単なる学者ではありません。世界銀行の実務官僚の経験にうらずけされた実体験・豊富な資料を駆使して論議を進める姿に、英国の開発学の層の厚さを感じました。 中味といえば、漠然とした、植民地後遺症論やグルーバル化悪化論を退け、エビデンスを示しながら、先進国援助の問題、内戦がビジネスとなっトいるアフリカ諸国の現実、有効な対策を打ち出せないでいる国連機関の姿、独善的なNGOの現状を横軸に、ボトム・ビリオンの国が陥っている4つの罠の惨状を縦軸にして、世界人口の底辺の人々10億人の苦悩を記しているのは圧巻です。アフリカ問題、いや開発論を学ぶ方にとって必読の本と言ってけして過言ではありません。今、世界経済が沈滞に向かう中、このような人々の生活をどう守るのか、いや、寧ろボトムビリオンが広がるのをどう防ぐのか。80年代の世銀の構造改革路線の轍を踏まない工夫が求めれている時に、思考の出発点を提供してくれます。そういいながらなぜ評価が低いのか。それは訳文の質です。原著に忠実に訳さんとするあまり、日本語として非常に分かり難い表現が多々みられそれが核心的な部分の表現の箇所に多かったのが非常に残念でした。海外出張中にアメリカの空港で原著を入手してそちらで読了しました。少々辞書を引く労力を厭わなければ原著を読まれるのも一法です。
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この本に対する「普通の」アフリカ人の意見が聞きたい |
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| その7割がアフリカの国々に暮らす「最底辺の10億人」は、見えない存在でしかない。それは彼らが当事者以外の誰からも関心をもたれないという理由の他に、もし関心をもたれたとしても、こうした貧しい人々を過度に理想化したり、権力者たちの腐敗ぶりを過大評価したりすることで、現実認識にイデオロギー的な歪みが生じてしまうという理由による。
筆者のコリアーは、統計データを縦横に駆使して、アカデミックな検証に耐えうる中立的な議論を目指しているといえる。その分析は新しい発見に満ちており、最底辺の国々に対する先入観や偏見を打ち砕くだけのインパクトがある。またその政策的な提言は地に足がついており、有能な政治家さえ現れれば、すぐにでも実行できるもののように感じさせる。
しかし、違和感もまた覚えた。経済成長による所得の上昇は、筆者が暗黙の前提としているように、貧しい国々にとっての万能薬たりうるのか? 西側諸国が援助や軍隊派遣、関税撤廃などの行動をとることだけで、自らの側は大きな痛みを経験することなく、最貧国の状態は好転するのか? 結局のところ、筆者が関心をもっているのは、貧しい国のあるべき姿といった国家レベルの話であり、そこで暮らす人々の幸せではないのではないか?(筆者が披露する自慢話に登場するのは、つねにエリートや権力者だけであり、貧しい国々の庶民はその顔すら見せない)
要するに、筆者は西欧的価値観から最貧国に良心的な裁断を下しているのだ。だから西欧のメディアが、こぞってこの本を賞賛したことにも得心がいく。けれども、それが果たして最貧国の人々(一部のエリートではなく、一般の国民)の意に沿うものなのかどうか。私はこのことに疑問をもった。翻訳は全体的には悪くはないが、一部に舌足らずな表現や誤字脱字があったことを指摘しておく |
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