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「知っているのに」タブーには沈黙する日本のメディアの事情をいくつかのトピックを基に解き明かしている。 |
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| 著者はまず一番信用できないメディアとしてテレビ局を批判。同様に全国紙も信頼できないと説く。一般的に信用できるものとして週刊誌やスポーツ新聞をあげ、極端ではあるが、本当にに信じられることは右翼の街宣車のメッセージだと言い切る彼の論理は私には説得力がある。実際、いまだに、部落や差別の問題は大手マスコミが触れることすらタブーとなっており、それが一種の利権となっていろいろな事件さえ引き起こしていることは周知の事実である。
皇室、ヤクザ、右翼、警察等、知っているのに書かずに沈黙する日本のメディア。
その不思議なメディアが、なぜ真実が書けないのかの事情等についても解き明かしてくれている。 |
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同業相哀れむで迫力が乏しくなったのは残念だ |
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| これまでの振るフォードの本は、日本の政治や経済を扱ったせいもあって、日本人には真似ができないような迫力を持ち一気に読ませた。だが、マスコミを扱った本書の場合は残念ながら、著者自身がマスコミの世界に生きているせいもあり、これまで著者が書いた「ヤクザ・リセッション」や「泥棒国家の完成」(共に光文社)に較べると、迫力がぐっと落ちているのが惜しまれる。本書で論じている程度のことは岩瀬達哉の「新聞が面白くない理由」(講談社)や、藤原肇の「夜明け前の朝日」(鹿砦社)とかを読んだほうが、遥かに役に立つのではないかと思う。せっかく外国人特派員という立場を活用して、日本に対して積極的な提言をするのなら、と売りいっぺんの観察にとどまらずに、世界のジャーナリズムと比較したもっと鋭い指摘が欲しかった。ということは、日本人にとって活躍の場が大いにあるということであり、若い日本人記者の健闘を大いに期待したいし、また期待が出来るのではないかと楽しみである。 |
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フルフォード氏の本は一冊読めば十分かも。 |
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| 直前に同著者の『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』を読んで、そこそこ興味深い事が書いてあったので、更に新ネタを期待して本書を手にした。
しかし、その内容は前著で述べた話の繰り返しが多く、新ネタは「武富士」「ソニー&松下」それに「桃源社・佐佐木吉之助社長インタビュー」くらい。
フルフォード氏の言いたいことは要するに「政・官・業・ヤクザのもたれ合い構造に今や、マスメディアまでが取り込まれている」ってこと。
『アルゼンチン・タンゴ』よりは本書の方が新しい分、情報は新鮮な筈だが、彼の著書を読むのが二冊目になる私には刺激が少なくなっていた。この人の本はどれか一冊、できれば新しいものを一冊読めば十分だと思う。 |
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日本のジャーナリストはここまで落ちたのかと思った一冊 |
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| 著者はまず一番信用できないメディアとしてテレビ局を批判。同様に全国紙も信頼できないと説く。一般的に信用できるものとして週刊誌やスポーツ新聞をあげ、まともに信じられるのは右翼の街宣車だと言い切る彼の論理は妙に説得力がある。実際、未だに差別の問題は触れることすらタブーとなっており、それが一種の利権になっていることは周知の事実である。そういう前提で「外国人である私だから言える」と言う著者のセリフには我が国のジャーナリズム、しいては言論の自由・表現の自由の限界を無力にも感じざるを得ない。 |
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ガイジン、そして宝島社 |
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| 大新聞社のテレビCMと言えば「ぜろいちにーぜろ、よーむは○○」とか、「××はさんさん、おはようさん」とか、バカにしてますよね、私たちを。あるいは「入学試験に良く出る」とかさ。それって少なくとも、マスコミとして自慢すべき優位性とは思えない。 ナベツネさんに関する本を読んでみると、発行部数で日本一になるために、凄い手を使ったことが書かれています。この新聞の勧誘に、販売員ではなく社員が来たことがあるので、「あの人、なんとかならないんですか?」と尋ねると、「私もそう思うんです」と言う。社員が、ですよ。 ニュースキャスターにしても、一つのニュースを報じた最後に、練られた独自のコメントを言うことはまずありません。「それって、オレでも言える」という、実に月並みなコメントで締めくくります。 マスコミは、私たちのことを、一体どのように考えているのか。大新聞を読むたびにはらわたの煮える私にとって、この本はスカッとする一冊です。 「なぜゴーンさんにはできたのか」「ガイジンだから」とはよく言われることですが、こういうマスコミの実態に関する本も、ガイジンさんに頼らなければならない。しかも、大変失礼な指摘と承知の上ですが、この出版社だから出せたのかも知れません。 |