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| | | アメリカ手話留学記 |
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惜しい人を亡くした |
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| 2006年5月に急逝した著者が世に出るきっかけとなった一冊。彼女の死を伝えるメールはあの日、聴者からもろう者からも評者のもとに届いた。誰もが彼女の死に衝撃を受け、彼女が日本に残してくれたものを受け継いでいくことを誓っていた。
著者は難聴者として育ち、希有な聡明さと明るさ、前向きな姿勢によって人生を切り開いていった人物である。後半生は日本の聴覚障害者のリーダーの一人として聴者に対する啓蒙活動や聴覚障害者の心のケア、世界各地の聴覚障害者によるアートの紹介に心血を注いでいた。彼女にお会いする度に、次に考えているプランをうれしそうに語って下さったのを憶えている。彼女は評者がこれまでに会った中でも最も魅力的な女性の一人だった。そうした彼女の活動の原点にあったのが、このCSUNでの留学生活だった。1985年、つまりADA施行の5年前のアメリカの聴覚障害者たちの生活や考えが本書では生き生きと描写されている。その様子は現在の日本と較べても一歩も二歩も先を行っているように思う。
本書は聴覚障害者に対する物心両面でのバリアフリーとはいかなるものであるべきかという参考書としても読めるし、現実のアメリカのろう者や難聴者、中途失聴者たちの多様性を知る為の資料にもなるだろう。
それにしても惜しい人を失ったものだ。彼女がアメリカで身につけたのは。彼女自身も書いているように「ポジティブな自己主張」であった。彼女はいつも笑顔を絶やすことなく、しかし地道に聴者と聴覚障害者の相互理解の種を蒔き続けていた。彼女があと20年長生きしていれば、日本人は世界の素晴らしいデフ・アートに触れながら、ろう者の文化への敬意をピースフルに育んでいけただろうに。 |
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高村さん美人ですねぇ。 |
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| 高村さんを好きになった、きっかけの本です。
こういう経験、自分もしてみたいです。
著者の高村様は、知識もあり、学ぶことが好きな
女性でしょう。
私も色々と学びました。
ありがとう。 |
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