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モンゴルが世界史を覆す (日経ビジネス人文庫) 
モンゴル帝国の興亡〈上〉軍事拡大の時代 (講談社現代新書) 
モンゴル帝国の興亡〈下〉―世界経営の時代 (講談社現代新書) 
匈奴―古代遊牧国家の興亡 (東方選書) 
文明の十字路=中央アジアの歴史 (講談社学術文庫) 

  
 
 遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて (日経ビジネス人文庫)
遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて (日経ビジネス人文庫)
 
¥ 900
発売日:2003-01
日本経済新聞社
オススメ度:
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■  「モンゴル人」とはどのような集団だったか
本書は遊牧民に対するマイナス・イメージを払拭し、定住民・遊牧民双方の立場をふまえてできるだけ中立の立場から(遊牧民への愛情あふれるあまり、漢文史料にみえる遊牧民への偏見に対して、感情的に反発してるようにみえる点は玉に瑕だが)、ユーラシアの歴史を再構成したものだ。印象的なのは、農耕民と遊牧民とが常に密接に絡み合いながら、同時並行的にユーラシア大陸の歴史を動かしてきた事実がよく描き出されていることだ。

特に第6章「モンゴルの戦争と平和」は文化人類学的にとても興味深かった。チンギス・カンの登場以前、モンゴルという名称は小規模な部族の呼び名にすぎず、モンゴル人という概念は存在しなかったこと。チンギス・カンがモンゴル高原に遊牧していた様々な氏族・部族をまとめあげた際、彼の出身部族名をとって「大モンゴル国」という国名をつけたこと。彼を中心にして何年にも及ぶ対外遠征を行う過程で初めて「我々はモンゴル人だ」という仲間意識が生じたこと。その後モンゴルの騎馬部隊がユーラシア各地に進軍した際、当地のテュルク・モンゴル系の住民が自ら進んで合流し「モンゴル人」になっていったこと。まさに「モンゴル人」とは血統や出身地で判別できる、いわゆる本質主義的な概念ではなく、ユーラシア大の統一政権樹立という当時の政治状況に応じてどんどん変化する、すこぶる融通無碍な集団だったことがわかる。仲間作りのうまさこそがモンゴル帝国発展の最大要因だったという主張の当否はわかりかねるが、21世紀の大きな問題のひとつである民族問題を考える際には、当該民族の歴史を学ぶことが必須条件だということはよくわかった。

■  感覚的に理解するのは難しい
例えば、私が受けた歴史教育では、匈奴は「匈奴」と言う表記のせいもあり、辺境に住む野蛮民族と思い込ませるような教え方がなされていたように思う。しかし、匈奴側の視点に立ってみると、匈奴に文化も文明も存在しなかったような扱いは不当と言わざるを得ないし、項羽や劉邦の方がいまだにもてはやされていることは納得がいかないだろうことが、本書から読み取れる。

以上はあくまでひとつの例で、ヨーロッパ中心史観や中華中心史観、定住民優越史観を越えて、世界史のパラダイムシフトを促そうとするのが本書である。

ただ、本書を読んだからと言って、長い期間を経て培われた歴史観が邪魔をし、著者が頭の中で描いているだろう世界史のイメージは、私の中で鮮明になっていない。

■  文庫になった名著
高名なクビライ・カーンの専門家、杉山正明氏の名著が文庫になって帰って来た。
西洋中心史観も中華思想も飛び越えた、杉山史観の面目躍如だ。
私がこの本を最初に手にしたのは8年程前だが、今でもその時の新鮮な驚きを忘れられない。今までの「世界史」に対する様々な鬱憤の数多くが、この著作で晴れてしまった。
ことにこの著作で大きく取り扱われているのは匈奴だが、匈奴がこんなに世界史上で大きな役割を果たしているとは、私は夢にも思わなかった。
この本に対する最大の不満は、著者が自覚して言及している通り、中近東についての記述不足だが、それについてまともに書けば、多分この二倍の分量になっていた事だろう。
世界史の全貌を自分で見渡した様な爽快な錯覚を覚えて仕舞うのが最大の難点だが、西洋中心史観や中華思想の様な悪い意味での古くて視野の狭い歴史観への未練を断ち切り、より客観的な世界史観で歴史を学ぼうとする者には、必携の一書である。


猶、著者の歴史観をより正確に知って置いた方が後々の為に良いので、講談社現代新書「モンゴル帝国の興亡」(上・下)も合わせて買う事を強く御勧めする。

■  近代文明の再考を迫る遊牧民の歴史
もし、著者の説が正しければ世界史の理解を変えさせることになる。著者の説は、最近の発見を含む、多国に亙る文献や考古学遺跡等の学術的な根拠によるものだ。まだ推定の域を出ない部分も多いものの、この説はいつの日にかはきっとスケールの大きな歴史観となって人々の知性の核になるかもしれない。
 人類の文明は所謂四大文明発祥の地から始まり古代、中世から最終的には西欧のルネッサンスや大航海時代を経て今日の先進文明社会が形成されたというのが常識的理解であった。しかし、その歴史の重要な変化の時期になると北や東の野蛮な地帯からいつも出てくるめっぽう強い不思議な遊牧民たちの集団については深い説明を聞いたことが無かった。彼らは、紀元前千年ころから二千五百年間程に亙りスキタイ、フン、匈奴、鮮卑、エフタル、キタイ、ウイグル、突厥、等々、実に様々な名前で文明国と称する側の記録に残されている。そして最後の仕上げに登場するのはその野蛮さで西欧に有名な蒙古である。
 著者は、実は彼らは非文明人どころか、一続きのアフロユーラシア大陸という巨大で豊穣な乾燥草地において、強力な軍事力はもちろん、高い文明と経済力を持った国家群の連鎖であったという。中国の王朝史観や西洋文明偏重史観は今日の歴史観を誤らせているとも指摘している。

■  草原の風を感じたい人に
遊牧民と聞いて何を想像しますか?
草原で馬を駆り、放牧し、満天の星空の中をテントに寝る・・・
この本にはそんな人たちの歴史がつまっています。

多少、学会批判めいたところもありますが、井沢元彦さんの「逆説の日本史」ほどあからさまに多いわけではないです。
それにしても、自分の見解の正当性を高めるために既存の考え方を批判するという歴史の記述の仕方はどうなのでしょうか。歴史では客観的事実のみを述べるべきではないでしょうか。


 
 
 
 
  
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