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| | | 日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で |
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「ことば」に対する深い洞察力に脱帽 |
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| 「ことば」というものに興味をもち、「叡智を求める人」には是非、読んでいただきたい本である。「新潮45」に掲載された論文の評判が高く、本になることが予告されていた。出版を待って早速、手に取ったが、噂に違わぬものであった。本書のように「ことば」に対して深い洞察力をもって描かれた本をほかに知らない。
著者は〈普遍語〉〈現地語〉〈国語〉という概念を提起する。かつて英語、フランス語、ドイツ語もラテン語を〈普遍語〉とする〈現地語〉であったが、国民国家の形成の過程で〈国語〉となった。「西洋の衝撃」により、開国した日本は、既に例外的に完成度の高い日本語を有していたが、国民国家の形成にともない〈国語〉として成熟していった。
そして日本語という〈国語〉は、科学、技術、文学などあらゆる分野で我々を世界の図書館に出入りすることを自由にしているかのようにみえる。
一方、著者は戦後、特にインターネットの時代になって英語が世界の〈普遍語〉となりつつあることを示す。この趨勢には逆らいようがない。このような状況のなかで著者の提起する英語教育のあり方は興味深い。
著者の日本語に対する深い愛情が感じられる著書である。「日本語が亡びるとき」は日本文学そして日本文化の伝統が亡びるときなのであろう。なお「漱石論」としても秀逸である。
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