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環境問題のウソはイケナイと思う、でもホントのことが知りたい場合は? |
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| 著者は、この本で四つの環境問題(地球温暖化、ダイオキシン、外来種、自然保護)を例に取り上げて、それらが世界的規模で問題視されるほどの根拠を持っていないこと、或いは信じられないことに全くウソであるところもある、ということを主に科学的見地から述べています。著者のやや斜に構えた言い回しを補正して理解すれば、その主旨は妥当で面白く読むことが出来ます。
ところでこの場合(環境問題)についても、科学的つまり客観的事実に根拠を持つ部分が大きいはずの事柄について、ウソをついたりウソに踊らされたりするホントの理由の方が知りたくなりますが、それはこの本の趣旨ではないからあまり書いてありません。だけど、そこには付和雷同する大衆や、それを己の力にして利を得ようとする人間存在を窺わせます。
この本には、自然と人間の関係に関する著者の考え方が述べられている箇所があって、小生にはむしろそちらの方が面白い部分でした。例えば、著者は「20世紀半ばを過ぎる頃までには、人間の科学技術は自然生態系を人為的に改変することができるまでに強力になった」と認識し、「自然物に生存権があるという考えは端的に間違っていて、我々は回復可能な範囲内で自由に自然物を利用してよく、自然保護はした方が良いことは決まっているが、その理由は自然のためではなく人間のためであり、重要なことは目的によって自然の利用に価値付けするのではなく持続可能な利用なのだ」と述べています。ひょっとすると、著者がホントに言いたいのは、環境問題のウソの一番怖い部分は、歴史上繰り返し立ち現れてきたイデオロギー対立+利害対立の新手のネタである、ということが隠されている、というところかも。考えすぎかも。 |
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今じゃ、インパクトやや弱いかも、、、 |
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| 先に武田邦彦『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(洋泉社)を読んでいたので、ややインパクトには欠けるが、新書版である点がありがたかった。
「ちくまプリマー新書」の中高生向けという性格ゆえか、文体がなんだか変に馴れ馴れしい口語口調なのが、ちょっと気持ち悪かった。例えば「そこまでお人好しの人は普通の日本語ではバカっていうんだよね。」という調子である。「地球温暖化」と「ダイオキシン」に関しては武田氏の本で読んだ内容と殆ど同じであったが、「外来種問題」と「昆虫採集禁止」については本書で初めて読んだ。でも、あまり大した問題ではなく、いつもの利権がらみのお役所行政の一例かな、って感じ。
昆虫採集を擁護するなら、趣味としての狩猟はどうなんだろう?一言言及して欲しかった。 |
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環境原理主義者には悪評高い本ですが… |
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| 『環境危機をあおってはいけない』ロンボルグ、文藝春秋刊などのアンチ温暖化論者の本を元に、地球の気候変動の大部分の原因は黒点活動など太陽にあることを改めて強調し、単純な二酸化炭素悪者論というのはいかがなものでしょうか、と疑問を投げかけている本。
正直、気候変動について熱く語る方々の論拠というのはあまりアテにならないんじゃないかといいますか、個人的には大都市のヒートアイランド対策だけで十分じゃないかと思っていますが、「CO2うんぬんというのにはついていけないけど、省エネやゴミ削減につながるんもので安くあがるんだったらドンドンやれば?」ぐらいな感じでしょうか。この本にもいろいろ環境問題の原理主義者みたいな方々からは憎悪に満ちた批判が浴びせかられていますが、p.51の《どう考えても地球温暖化なんて大した問題じゃない。大変だ大変だと騒いでお金が儲かる人ならばともかく、そうでない僕は、他人の金儲けを助けるために、快適な生活を犠牲にしたりよけいに税金をとられるのは勘弁してもらいたいと思う。そこまでお人好しの人は普通の日本語ではバカって言うんだよね》という指摘は重要だと思っています。 |
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納得 |
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| 同じような内容の違うものに、二酸化炭素が原因なら直接濃度を下げる手をうてばよいとありました。
納得しました。
アメリカは海面上昇しても国土に影響はあまりでないそうで砂漠に雨が降ってさらにありがたいそうです。
ダイオキシンもどうも毒物なのかどうかわからないようです。
ただ、文章的には少し身勝手な感じはします。 |