|
|
| | |
| | | 自由の哲学 (ちくま学芸文庫) |
| | |
| |
| |
|
|---|
| ■  |
体験を伴う希有な本 |
|
|---|
| 何回も読んで、シュタイナーの意図に気づいた時、とても感動しました。
思考の世界へと導くシュタイナーの仕掛けに、はまってみてください。
|
|
|---|
| ■  |
精神の自由 |
|
|---|
| 人間は思考することができるが故に自由であることができる。我思う故に我ありという言葉の意味が少しわかった気がします。私にとっては、読むのにものすごく頭を使う本でしたが、なんだか頭が良くなった気がします。
“成熟した人間は自分の欲するままに行動する。その行為は自らの倫理的直観の基準に従っている。また、自分の欲求の達成を人生の喜びであると感じている。道徳的態度とは、道徳意志(人間の本性)が自分の内部からおのずと生じてくるようにすること”だそうです。
内容はまだまだ完全に理解できませんが、なんとなく勇気の湧いてくる本でした。 |
|
|---|
| ■  |
思考と自由 |
|
|---|
| 前々世紀の遺物?である『自由の哲学』を読んで、21世紀になった今も、人間の「自由」の本質についての認識は、あまり進んでいないのではないかと思いました。さらに言えば、人類はこと「思考」ということに関して、行動主義的なアプローチと、観念論的あるいは言語論的なアプローチに引っ張られて、総体としては間違った方向に進んだのではないかと考えられます。それぞれのアプローチは、「思考」という営みに一部を説明することには成功しているでしょうが、かえってそのことで本質を隠蔽してしまっているのではないでしょうか?
私たちが、人生のほとんどの時間を、過去の記憶や他者から与えられた理念によって埋め尽くし、自らまったく新しい思考をする機会がほとんどないことは、少し自分を振り返ってみれば分かることでしょう。そして、そこに「選択の自由」はあっても、本当の意味での「自由」がないこともお分かりになると思います。では、どうしたら私たちは「自由」になれるのか? シュタイナーは、その手がかりとして「思考」を挙げる一方で、私たちを「自由」に導くものとして「思考」を捉えなおそうとしているように見えます。それは単なる記憶の反応でもないし、抽象的な論理のつなぎ合わせでもないのです。では、いったいシュタイナーの言う「思考」とは何なのか? この本を読んで、思考錯誤してみてください。 |
|
|---|
| ■  |
まず自分が居る。 |
|
|---|
| シュタイナーの大事な基本文献の一つと聞いたので、よんでみたところ、「なんだ〜、こんなこと当り前じゃないか」と生意気ですが思ってしまいました。 では、何故これが大事なのかと考えたところ、東洋の英知を西洋にもたらそうとした、その行為がしめす論証が、東洋人の私にとっては、日本における日常茶万事の発想の仕方と受け取れたのです。 逆に言えば東洋のよさを発見しきれない私がそこに居た。 現在、西洋の物まねばかりして、東洋を放棄してしまっているならば、それは、自由からは程遠いのではなかろうか。世俗的な自由に振り回されて自由を謳歌しているつもりでも、それを自由とは呼べるものなのだろうか。 はっきり、否と答える。 自由と言うことばを使わず、自由を考えてみる。 |
|
|
| | |
| | |
| | |
| |
| |
| |
|
|
| Copyright @2006 myminty.com, japan. All rights reserved. |
|
|