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 時間論 (ちくま学芸文庫)
時間論 (ちくま学芸文庫)
 
¥ 1,050
発売日:2002-02
筑摩書房
オススメ度:
通常24時間以内に発送
 


 


■  物理的時間と主観的時間
ニュートンの古典物理学や、アインシュタインの相対性理論などを
面白がって読んできた経験からすると、ずいぶん趣の異なる
時間論である。
「時間を認識できるのは責任主体としての人格を有するから」で
「身体を有しているから特定の時間、空間を決定できる」など
主観としての時間認識を問うている。
そう、この本は時間論ではなく
時間認識論だったのだ。

■  今とは?
 「今、勉強している」というときの「今」とは一体いつのことか?「今」の「い」の時か?「い」と発声しかけた時か?いずれの答えにも納得しがたいものがある。しかし、「今」も時間の構成要素たる限り、物理学の時間軸上に一定の位置を占めるはずだ、そう誰もが考える。中島義道は、この極めて常識的な考え方に異議を差し挟む。

 「今、勉強している」という時の「今」とは幅を持っている。例えば、家に帰ってきてからの一時間と言う幅を持つこともある。同様に、「今まで寝ていた」と言う時の今の幅は数時間に及ぶ。つまり、「今」とは、その日常的な使用法から考察する限り、決して物理学上の一点に対応するものではなく、私達の日常生活における意味的な区分にその根源を持つのだ。では、「今」とは瞬間ではないではないか、その通りである。もし貴方がこの結論に釈然としないならば(納得できない方がもちろん重要である)、すでに貴方は「時間」という哲学上もっとも難解な問題の一つに踏み込んだことになる。貴方は、中島義道の挑戦にどう答えるだろうか。


 
 
 
 
  
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