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「小泉純一郎」とは何だったのか、良く分かります。 |
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| 自民党及び自民党政治を纏めた、良書だと思います。
私は、「小泉純一郎」(小泉旋風)とは自民党にとってどのような意味であったのか、
そして「小沢一郎」とはどのような政治家なのか整理したくて読みました。
自民党をぶっ壊すという彼の主張は実は特定の派閥に向けられていたこと、
劇場的とも揶揄される手法はなるべくしてそうしていたこと、
等々、改めて驚きをもって読みました。
本書を読むと、「小沢一郎」という(ある意味)稀有な政治家の背景を知ることも出来ます。
総選挙が近いと思いますので、それまでにご一読をお勧めします。 |
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なんともタイミングのいい書名が自民党総裁選挙のさなかに出たもんだなぁ |
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| 政治をウォッチしていれば特に目新しい情報を得られるというわけではないが、それでも、田中角栄が完成させた自民党政治のシステムを秘蔵っ子の小沢一郎がまず風穴を開け、旧田中派が弱まった自民党の中で相対的に最大派閥となった旧福田派の中から出てきた小泉純一郎が最終的にぶっ壊してしまったという流れは整理してくれる。改めて思うのは、小沢一郎が《かなり早い段階から総統に抜本的な政治改革を唱え続けたことである。そしてそれを実行に移した》(p.30)ということ。「自民党を割って社会党と新党をつくる」と言っていた金丸信とこの二人が1980年代後半から90年代前半に何を考えていたのか、いつか誰かが明らかにしてほしい。
あと、整理してもらったな、と思うのは中選挙区制という選挙制度は《保守自民党に複数の派閥を生み、革新野党に複数の政党を生んできた》(p.206)というあたり。また、二世議員があまりにも有利なシステムを打破するために、県会議員が身分を保ったまま国政にうって出られたり、公務員が選挙に立候補しても復職できるように公職選挙法を改正すべきだと提案していて、それはそれなりに面白いな、と思う(p.173-)。そうなれば、政治家になるリスクはかなり低減され、競争が生まれてきますしね。 |
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自民党政治の機能不全の病状診断 |
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| 田中角栄に人格的に代表される自民党政権システムと、現在の安倍福田と続く政権崩壊・自民党システムの機能不全の歴史的意味を解き明かす一冊です。
著者の野中は、戦後を「戦争と外交の無い江戸期」と対比しその文化的意味を解き明かす。そして、冷戦後・旧ソ連圏の崩壊を期にアメリカから自立せざる負えない日本の政治経済的背景が語られる。
自民党がかくも長く政権を維持し続けた一端を、中選挙区制、個人後援会、自民党の相対的に巨大な本部システム、派閥による人材発掘・育成と党による利害調整・統合システムの優位性、利益配分を可能とした経済成長、官僚組織との共栄・共存、憲法規定による議会での党優位、議会与党権力の優位性等から解き明かす。
小沢一郎が、自民党権力中枢を一度は手にしながらそれらを破壊する側に回る逆説は、やや説明不足と思われる。
小泉純一郎が、「自民党をぶっ壊す」と叫び実態としては、旧田中派・経世会(郵政・道路公団)との権力闘争を繰り広げる政局の小泉個人の動機は了解できるが、竹中に代表される「改革」派の動機と時代背景については、解明不足か。
本書は、現行憲法の下、第二次大戦後から冷戦終了までその役割と機能を果たした自民党と、時代に適応する道を探りながら今だ探り当てることなく機能不全を露にした現在の自民党の姿を描く。
最後に野中は、「ヨーロッパ標準の議院内閣制への本格的転換」を希望するが、日本における民主主義の歴史と選挙民の成熟度を考えれば、それは叶わぬ夢と言えまいか。 |
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冷静な分析 |
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| 去る2008年9月1日の福田首相の辞任、それを受けての自民党総裁選の告示と、自民党への関心が高まっている時に、タイムリーな新書が出た。
筆者は自民党政治の特徴を、イギリス、フランスなどの比較を通じて、分権性とボトム・アップに見、それを江戸時代の統治システムの帰結だとする。そして、小泉政権が自民党政治をいかに根底的に破壊したのかを論じ、さらに自民党政治の終焉の必然性を論証する。この議論は非常に説得的である。
これからおそらく、マスコミには自民党総裁選の候補者たちが登場し、持論を展開するだろうが、そのうちの誰が本書で指摘されたような自民党政治の問題点を認識しているか見極めるのも一興だろう。
残念なのは、文章がやや生硬であることだ。魅力的な素材はやはり、魅力的な文章で読みたい。 |