| 1,2に引き続き他文庫(作品集)にないものから、全集の醍醐味をご紹介したい。 まずは、未完の長編小説「北方行」から。主人公(?)三造とイギリス人トムソンとの出会いは打打発止の渉り合いだった。1930年前後を舞台とした小説で、三造のように毅然として西洋人と向き合った日本人を、私は寡聞にして知らない。同じくこれほど等身大に描かれた西洋人も知らない。この長編は他にも、中国人、日中のハーフ、朝鮮人といった出自の登場人物たちで彩られる。作品としては、やや未熟とされるものの、作家の卓見は十分にうかがえる。 次に、「章魚の木の下で」は、中島敦の生涯で唯一のエッセイである。執筆時期は1942年末だが、彼は文学に「代用品はいらない」と敢然と断言する。文学者の良心というべきだろう。 他、「無題」は2巻の’過去帳’のネガなので、併せて読めば面白さ倍増。「セトナ皇子」、「妖氛録」はお話の玉手箱から最後に出てきた、怖くて不思議な短編。 更に、「新古今集と藤原良経」、「鏡花氏の文章」、「断片」ながらドストエフスキーとスタンダール、鴎外の作風分析などには、文人の眼を思わせる鋭さがある。 尚、完全無欠の名作「弟子」、「李陵」、「名人伝」は他文庫にも、もれなく収められており、ここで言及するのは蛇足だろう。 |