|
|
| | |
| | | ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫) |
| | |
| |
| |
|
|---|
| ■  |
これこそが、実践に基づく思想である。 |
|
|---|
| 時代は、サルトルからメルロ・ポンティへと移り変わり、身体の問題が浮上してきたときであった。この問題に気が付いていた同時代人は多いが、聴覚障害者であるからこそ、言葉を語る、語らせることが身体と結びついていることを認識出来たと言う点で、一歩進んでいた。時代の要請と自己の身体を交錯させた思想ーこれこそが思想と言えるものであるがーの成立が素晴らしい。さらに、著者は、まだ解明されていなかった「自閉症」にも挑戦している。これなどは、動作法の発見にも結びつく可能性があったのでないかと私は考えている。1人の人間の存在をかけた戦いの記録である。 |
|
|---|
| ■  |
子どもの気持ちに触れるときに |
|
|---|
| 著者は、耳が不自由であったため、そのときの思いが、コミュニケーションとは何かを考えさせてくれる。私たちが不自由な立場にならない限り気づけない耳が不自由なときのもどかしい思いや相手に届かない言葉について熱い思いで語りかけてくれる。 |
|
|
| | |
| | |
| | |
| |
| |
| |
|
|
| Copyright @2006 myminty.com, japan. All rights reserved. |
|
|