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| | | フロン―結婚生活・19の絶対法則 (幻冬舎文庫 お 26-1) |
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著者の身勝手じゃないのか? |
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| そりゃあ家庭のことは、その家庭で決めるものだし、家族がそれでよければ、それでいいのかもしれない。家庭から夫をリストラせよとは、離婚したい夫にとっては都合のよい話だ。夫人や子供は本当に離婚したかったのか?それならそれで他人が口をはさむ問題じゃない。しかし、どうも岡田家の問題として読んでしまう自分からすると、何とも男に都合のいい話にみえる。岡田氏に言わせれば、「そう見えるのは、あなたの心が貧しいから」だそうだ。
いや、でもそう見えてしまう。
一般論で考えても、夫を家庭からリストラしてしまったら、元妻は子供をかかえて経済的にどうやって暮らすのだろう?家庭から開放された元夫は、経済的に支えてくれるかどうか、あてにならない。女性は少なくとも法律的な後ろ盾を用意して、養育費を支払わせるようにする必要があるだろう。そうした、夫を家庭に縛り付けるシステムが結婚なのに、なんでそれを捨てようとするのだろうか。 |
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家族・結婚を「選び取る」ということ |
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| 人々の心の中にある「結婚・家庭とはこうでなくてはならない」という思い、でもその通りに行っていない現実。
その矛盾を人々との話から読み取り、そこから練り上げた「将来の家庭像」は、形態としては現社会では「とんでもない」と言う人も多いだろうけれど、思ったほど無理があるものでもなく納得できるものです。
数十年前は三世代同居が当たり前だった日本で、今は夫婦+子供の二世代の核家族が「標準的」となっていますが、それを「祖父・祖母のリストラ」と表現するならば、確かにその後夫と妻が別居する「夫のリストラ」という表現があってもそれほど違和感は感じません。
また、一方で著者は「全ての家庭がそうなるでしょう」なんてことは言っていません。あくまで現在「家族とはかくあるべし」と考えている人がその現実で無理がないのであればそれで継続していけばよい。ただ、自分で好きなように選んで生きることを善しとする年代が圧倒的になってきたら、当然のこととして「我慢することが必要な家族観」は廃れていくということです。そのためには、「結婚したんだから〜〜であって当然」と相手になんとなく求めてしまう甘えも断ち切って、自分の頭を意識的に使って人生を創って行く「マネジメント力」なるものが必要な気がします。
ただ、ここまでくると、いやがおうでも「結婚」という法的枠組みは無意味になりむしろ足かせになるので、男女や血縁に限らない経済的相互扶助をやりやすくする法整備が絶対に必要になってくるでしょうね。但し、社会はこの本のように先行しても、今も明治の家族観を引きずった民法がなかなか改正できない日本で、そのように法律が劇的に変わるのは一体いつのことになるのやら、と思いますが。 |
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不安と確認 |
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| いやになるくらい、自分の本音を発見または確認させてくれます。感情よりも合理性を優先させて、来たるべき家庭のあり方について提案しています。日本という国の中で、家庭というシステムが新しい方向へとシフトしつつあることがよく解りました。これが、日本の社会構造に与える影響を考えると、不安すら覚えます。 |
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