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| | | 傭兵の二千年史 (講談社現代新書) |
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傭兵が戦うのが人類の戦争史の主流 |
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| ヨーロッパ(特にドイツ圏)の傭兵の通史で非常に読み易く、分かり易い本。古代、現代やヨーロッパ圏外の傭兵についての記述は少ない。
しかし今、私たちが戦争、というと徴兵された各国の兵士が戦うもの、と言う認識が国民国家が成立した300年かそこらのもの。母国のために戦い死ぬ、ということはまったくの近現代の感情、常識であり、当たり前のことではない、ということがよく分かる本である。
それにしても、傭兵ということばになぜか、ロマンティズムを感じさせられることがあるのは、自ら戦うことを選んだ、というドイツのランツクネヒト達の最後の哀しいプライドが傭兵観に反映されているからだろうか?
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面白い話がもりだくさんで読みやすい本です。 |
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| 同じ著者の「戦うハプスブルク家」は読みづらかったが、本書は心配不要。文章は読みやすいし、ヨーロッパの戦争史において軍隊の中核をなした傭兵及び軍制改革という観点からヨーロッパ史を眺めることのできるお薦めの本である。古代ギリシャ、ローマでの傭兵に触れているのは少しだけなので、実質的には「ヨーロッパの傭兵の千年史」と題すべきかもしれないが、第3章以降は歴史の裏側をのぞくような面白さ、様々なこぼれ話に満ちている。何故中世君主は傭兵に依存するようになったか、ヨーロッパが「邪悪な戦争」の連続に突入するまでは八百長の戦いもあったこと、スイスが実は「血の輸出」で名を馳せていたこと、ランツクネヒトというドイツ人傭兵部隊は自由をアイデンティティとし、労働的組合的な職能を持つ兵士集会が認められていたこと等は本書で初めて知った。傭兵を率いる隊長は企業家のような存在であったこと、傭兵たちの悪逆非道ぶり、逆に傭兵哀史といった面も十分カバーしている。
さて、本書は祖国のために進んで命を投げ出そうとするナショナリズムの仕組みを、忠誠、祖国愛とは遠い存在である傭兵の歴史から逆説的に探ることを目的としているが、それは達成されただろうか。ナショナリズムを担う国民軍誕生の瞬間は見事に捕らえている。傭兵の自由戦士的側面が君主権力によって奪われていったこと、徴兵制度の導入等の軍制改革によって傭兵の地位が下がっていったこと、兵士たちが祖国を意識するようになったことの説明は十分である。しかし、祖国のために死ぬことを厭わないまでにはまだ距離がある。著者は米国独立、仏革命の革命精神が契機と言いたいようだが、何故革命精神が傭兵との対極にある国民軍を生み出すことになったのか、もう少し掘り下げた説明が欲しかった。が、そうすると市民革命の本質を探らねばならず、本書ではカバーしきれないか?その点を惜しく思う。 |
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傭兵で読み解くヨーロッパ史 |
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| 傭兵の歴史を、ギリシャ、ローマから中世そして現代まで追うことにより、傭兵が生まれた背景や形態、そして戦術を述べる。そして、傭兵が無くなった時、国民が生まれたと説く。それは、帝国主義国家の誕生でもあったと思う。 ヨーロッパの歴史が、武器と戦争からよく見えてくる。また、戦術のTTは予想以上に早いことなど面白い記述も多い。 |
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欧州の戦争に関するイメージが変わる |
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| 欧州の戦争って結局傭兵がやっていた時期がすごく長いのねということがわかる本。 その影響でバチカンの護衛はスイス人しかできないなんて変な歴史を感じる。 個々の傭兵たちの活躍しか書いてないのは新書という性格上仕方のないことでしょう。 それにしても日本ではなぜこういう傭兵が出てこなかったのだろう。 (雑賀衆や根来衆が近いかもしれないが) 土地に対する思い入れに違いなんでしょうか? |
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