| まず、メタファーを研究していながら、その成果があまり自身の文章に反映されていないのが悲しい。 著者の文章はひどく貧相な部類に入る。またその文章濃度も、二十倍の水で薄めたカルピスのようでわずかにお情けほどの甘味がある程度。150ページ弱も続く彼のメタファー概説は概ね、過剰・冗長な日英の例文と二十倍カルピス文、そして極めて偏在的な人生論の賜物である。メタファーを人生論と絡めることができて彼は得々だったかもしれないが、彼がエクスクラメーションマークまでをも持ち出して雄弁になるほど私の温度はいよいよ冷めていく。柴田元幸版ホールデン・コールフィールドの言葉を拝借すると「(メタファーなんて持ち出すまでもなく、そんなことは)ちょっと考えればわかりそうなものじゃないか」である。 著者はこの新書のタイトルを決めるときに何を考えていたのだろうか?いや、まわりくどい言い方をやめてもっと直截的になろう。私の読みたかったのはメタファーについて書かれた本だったのである。それはどんなに意味においてもあなたの人生論、あるいはその辺で拾ってきた一般論であるはずはなかったのである。 この本に何らかの処方があるとすれば、それは中学英語の学習本としてである。(必要以上に)豊富な英語の例文は、私の記憶している中学時の学習用英文と比較して興味深いものが多いように感じた。加えて彼ら中学生たちにならば(ちょっとばかし「傾(かぶ)いて」しまった私とは異なり)、著者の即席人生論・一般論がなんらかの意味を持つことがややもするとあるかもしれない。 しかし、いずれにせよこの仰々しいタイトルは変更されねばなるまい。 |