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意外としたたかだった江戸の女性たち…。 |
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| この本は江戸時代の離婚に焦点を当てた作品です。当時は封建社会。女性はとってもみじめだったのでは? などと思っていたらとんでもない! 女性優位。しかも浮気相手と再婚を企むために、縁切り寺を利用するしたたか者まで居た! とは。女性は何でも当時は主な稼ぎ手であり、再婚口に困らなかったのだそうです。おもしろいのは、一庶民たちの離婚訴状が残っていてそれらが詳しく解説されているところです。読んでいて思わず、同情するようなものもあります。縁切り寺って全国に公認されていたのは満徳寺と東慶寺の二箇所だけだったんですね。知りませんでした。それじゃ、地方の人はどうしたか、っていうと、夫の手の及ばないところとして、武家屋敷とかに逃げ込んだそうです。でもこれは公にはご法度だったらしいです。それに、縁切り寺といっても持参金があって、その額によって寺に入ってからの待遇が違うなんて、まさに地獄の沙汰も金次第ということでしょうか。 |
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いつの世も男女の関係は同じ? |
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| 著者は、三くだり半と縁切寺の実態を丁寧に調査し、分析を加えることによって、江戸時代は女性にとって暗黒時代だったわけではなく、男尊女卑が現実に強制されたのは明治中期以降だとしている。しかし21世紀の女性読者の目から見ると、それはあくまでも従来のイメージ比べるとずっとマシだというだけで、当時の圧倒的な男女差別を痛感させられた。
読んでいて面白かったのは、仇っぽい女、不埒者、そして心得違いの男たちが次から次に登場してくることだ。「たみ」や「とめ」を「舞」や「美樹」に、そして「安左衛門」や「兵助」を「彰」や「直人」に替えても自然に読めるほど、いつの世も同じことの繰り返しなのだと改めて思う。
1898年(明治16年)には3.39%だった離婚率が、1989年(明治31年)7月の民法施行と同時に激減して1.5%になり、1909年には1.18%となる。インターネットで戦後の統計を調べてみたら、長期に渡り0.7%〜1.6%であった。離婚が増えたと言われて久しいが、それでも2000年で2.1%だったのだから、3.39%の数字はかなり多い。江戸時代の統計がないのが残念である。 |
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家父長制は明治の産物 |
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| 江戸時代の離婚の証文である「三くだり半」はなぜ三行半で書かれるたか、縁切寺に駆け込むとなぜ離婚が成立するのか、といった素朴な疑問に丁寧な回答をくれる一冊だった。 著者は江戸時代の離婚の専門家であり、縁切寺として知られる東慶寺、満徳寺の文書史料を編纂・刊行したことでも有名。 高木氏は「江戸の女性は離婚に際して充分な権利を保有していた」との立場を取る。夫にいいように扱われ、いらなくなったら三行半を押しつけて追い出される、といった従来のイメージは間違いであると主張する。その証拠となるのが三くだり半と縁切寺なのである。そこには、夫の暴力などに対し妻が離縁を要求することが出来たこと、そして妻の要求を支持する諸機関・諸慣習の存在が読みとれる。江戸の女性は我々が思うよりもずっと力を持っていたのである。 膨大な史料を利用した高木氏の研究は説得的で意義深い。しかし煩雑で読みにくくもある。新書なのだからもう少し工夫して欲しかった。また女性の地位低下は明治以降の家父長制成立以後であるとの見通しにも、もっとページを費やして欲しかった。 |
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文句なく「星5つ」です! |
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| これは文句なしおもしろかった!「目からうろこ」がボロボロ落ちた。学生時代から「江戸時代の女性の地位は、みんな低いとは限らない。」と知ってはいたが、低いどころではない。したたかで逞しい女性がたくさん出てくる。『三行半』でも「今後はどこへ嫁いでもかまわないが、隣の家だけは除く」などは、何かあったことが見え見えで、爆笑ものである。今でいうDVなどは完全に離婚の正当な理由であり、時代劇がいかに江戸時代の日本観を歪めているかが分かる。本当にあっという間に読んでしまった。誰に対しても、「これは良かった」と迷わず言える。 |