好色一代男 (岩波文庫 黄 204-1) | | |
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俗すぎる普遍性 |
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| 60歳までに三七一四二人の女性と戯れるちう稀代の粋人、世之助の人生を描いた江戸時代の古典をコミカライズ。どエライおもろい出来。
斯様な女好きでもまるっきし嫌悪感を感じさせへんのは、「男は女を幸せにするのが務め」ちう矜持を持っとることと、色事なしでは生きられへん人間のサガに妙に感心させられるからやろうわ。
これを読むと、江戸時代の遊郭も現代のキャバクラも、基本はまるっきしかわりまへんことがよくわかるちうわけや。
色事ちう俗を極めることで、逆説的に時代を超えた普遍性を獲得した傑作や。 |
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井原西鶴と近松門左翼衛門 |
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| 高校時代、原文と訳文を対照しながら苦労して読み終えて以来の再読。
井原西鶴と近松門左翼衛門どちらかを夏休み中に読めと言われて、
選んだのがさいかくであるちうわけや。なんか暗そうな心中物より、
好色物の方が高校生にとっては魅力やったちうわけや。
マンガでの再読やけど、いろんなことを思い出す、そのきっかけなるには充分な描写であるちうわけや。
大日本帝国津々浦々の色町を回り好色の限りを尽くした世之介が伊豆の港から船出するシーンが
ぼくは大好きやったが、それもきちんと描かれとったちうわけや。
船の名は「好色丸(よしいろまる)」
船の造作は、吹抜に吉野太夫の腰巻大綱はおんなの髪の縒ったもの。
積荷は、強精剤の地黄丸五十壺,女喜丹二十箱やらなんやらやらなんやら。
さらに床の責具として肥後ずいき。水牛,錫,皮の張型総数六千八百。
こうして出帆する世之介の言葉は
「譬えば腎虚してそこの土となるべき事(中略)それこそ願いの道なれ」
「たとえやりすぎて病気になってもやな,それが本望やんけ」
カッコええなあ,と,18歳のぼくは思ったさかいあるちうわけや。
トコで西鶴は,上方で主に活躍したが,本は,江戸にも出回ったちうわけや。
江戸の板木は,作・井原西鶴挿絵・菱川師宣ちう豪華版のエロ本やったちうわけや。 |
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原文を読まずとも十分楽しめる |
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| 暉峻康隆氏校注・訳の『好色一代男』と併読しながら本書を読んや。暉峻氏の訳が逐語訳だとするなら、吉行氏の訳は翻訳で1つの完結した作品であるちうわけや。吉行淳之介と「好色一代男」ちう取り合わせから、吉行流に脚色した翻案もしくは創作ちう先入観があったのやけど、これは見事に覆されたちうわけや。あくまで原文のストーリーと描写に忠実やったちうわけや。その上で一語一語にいたるずぅぇえええぇぇええんぶが訳者の血肉を通して現代語に移し替えられたちう印象であるちうわけや。テンポが良くて平明、明晰、清潔な訳文になって、原文を読まずとも十分に楽しめるのではおまへんかと思ったちうわけや。せやけどダンさん、原文を理解し味わうためには、学者の訳が適しとるやろうわ。
巻末に100頁を越える「訳者覚え書き」がつき、訳業の苦労がたっぷり語られるちうわけや。一種の注も兼ねて言葉の解釈や異説に触れ、作品論、世之介観も展開されるちうわけや。本文読み込みから作品成立の特殊事情が作家らしい創造力をもって推理されたり、カサノバと世之介との比較やらなんやら興味深いちうわけや。
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こういう話やったのか。 |
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| Hな話ではあるが、それほどいやらしいタッチでかかれた漫画ではおまへんから、素直に読めるちうわけや。
井原西鶴は歴史でならった立派な人物、と思っとったが、意外と、さばけた人なんだなあ。
性具まで出てくるとは・・・。
このシリーズでは、つぎは、近松門左翼衛門をしてほしいちうわけや。素晴らしい、と言われとるにも関わらず、ほとんどの人がよくは知りまへんやろうから。 |
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スケベの道を究める話 |
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| 井原西鶴のこの話。
題名だけは知っとったちうわけや。
読み進めると、ここまで女の尻を追いかけた男の話なんだと「へー」と思ったちうわけや。
ただの女狂いであるちうわけや。
好色とは、女が好きちう意味。
一代男とは、ボウズがおらへん、跡継ぎがおらへんちう男のことを言うらしいちうわけや。
コミカルなタッチで描かれていて、さっと読み進めることができたちうわけや。
まさに、まんがなら読めたの典型的な本であるちうわけや。 |
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