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| | | はてしない物語 |
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単行本じゃダメ |
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| この本を初めて手にしたのは、夜逃げした家の改装工事現場でした。
ホコリだらけの古い家具やベッド、その家に住んでた子の卒業証書、かび臭い空気。
そこに一冊、光を放つようにあったのがこの本です。
持ってかえって、一気に読みました。
まるでこの本の主人公のように。
・・・息子が10歳くらいになったら、何気なく机の上において読ませたい。
あのドキドキ、ワクワクは、単行本じゃダメダメ。
本の大きさも重さも、この本のよさなのです。 |
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物語の物語、形而上的な成長物語 |
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| 一見シュールな場面にも、何か哲学的な寓意を感じる事多々。それを語るとネタバレになるのが残念。物語をどう受けとめるか、もまた、物語を無限に豊かにするものなんだろう。
物語中での、この本の装丁や、文字の二色刷りという、物としての本それ自体への視覚的な自己言及によって、印刷物としての文字から、僕ら読み手の「こちら側」、現実界へと越境してくる言葉。しかし物語中で語られる「無」は、目で見る事が出来ず、まさに言葉で語る事しか出来ないもの。この、「見えぬもの・語る事しか出来ぬもの」と「語りえぬもの・見る事しか出来ぬもの」の交錯と葛藤と並行が、最初から最後まで手を変え品を変え現れる。
物語で徐々に大きな意味を持つ言葉「汝の 欲する ことを なせ」は、放任の言葉ではなく命ずる言葉、命ずる言葉という以上に、問いかけの言葉だという事に、読み手は気づいていく。「本当の意志」とは何か、全ての望みが時をおかず充たされるとしたら、僕らはその時、何を欲するのか。物語を作る才能が唯一の取り得であるバスチアンだが、この作品は、単に空想の素晴らしさを語っている訳ではない。むしろ、無限の自由を有しているかに見える空想も、結局は様々な要素の組み合わせにすぎない事、ただ放逸に、望むままに空想を展開する事は、無意味で空しい行為だという、冷厳な真実を突きつける。そして読み手は、意のままにはならないこの現実界に、新たな存在価値が与えられるのを感じるだろう。
冒頭に、古本屋の看板が左右逆転した絵、というか文字が印刷されていて、まるで僕ら読み手が本自体の内側から、バスチアンを迎え入れたように感じる。物語中の重要なシンボルである、互いの尾を咥え合う白と黒の蛇は、自らの尾を咥えた蛇ウロボロスと、陰陽のバランスを表す太極図を掛け合わせたような印象だ。反対物の一致と、自己への回帰。つまり循環的世界観がこの作品の哲学。 |
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ええー知らんかった |
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| とても面白かったです。
しかしショックなことに、挿絵や本文に色が付いていることに
他の方のレビューを読むまで気が付きませんでした、
家族に確認してもらったところ、確かに二色刷りであるとのこと。
自分が色弱であることを思い知らされました。 |
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極めて哲学的 |
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| モモやその他の作品で度々哲学的な寓意を織り交ぜる作者ですが、僕はこの作品が一番面白いと感じました。巧みな文章表現と豊かな想像力で誰でも読める哲学書を書き上げる作者は天才であると思います。 |
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