著者は昨年(2004年)逝去された。故に「つくる会」教科書の新版はご存じないし、そもそも初版の発行以前に西尾幹二氏の大著『国民の歴史』を批判の対象とした書だ。著者も指摘されている通り「自由主義史観」を称する人々には各々違いがある。実際に一部は離れた。 が、本書を読み直し「つくる会」教科書の記述を見れば、本書の意義は全くと言って良いほど現在も有効である。著者にはもっと直接的な批判書もあるが、本書は何と言ってもコンパクト。批判する側は勿論だが、むしろ「つくる会」教科書を面白くお読みになった方に是非一読願いたい。本書はあなたがたの寄り立つ「位置」を教えてくれるし、さらに本書に反論できる方は是非お考えをレヴューに書いていただきたい。著者の専門は「日本中世史」だが、日本通史のみならず東アジア史に関する知識は素晴らしいもので、「歴史学者」として非常に優れた方である。 いや、敗戦で「歴史が書き変えられる」のを身をもって体験し戦後の歴史学を築いた著者と同年代の歴史学者の多くが専門に閉じこもることは出来なかった。結果的にこの世代の研究成果の殆どは40年ほどたった今でも各分野での「基本文献」の地位を失っていないようだ。 著者はその上に「家永裁判」に関与し、晩年には「歴史学史」への関心を深められた。ゆえに、本書は「つくる会」の批判に留まらない。 まず、戦後の「歴史」のなかで自国史に対する認識の二極化が起きたこと、その延長線上での「つくる会」の誕生を明快に説明する。その上で、「考えの異なる」者への寛容を説きながら、西尾氏の著書・歴史観を厳しく批判する。 一般書店の「新刊重視」はますますひどくなり、書店で本書を見る機会はまずなかろう。が、ネット書店は違う。多くの方に一読をお薦めする。 なお最近お隣りの韓国でも「自虐史観」批判がなされている。歴史家は予言者ではないが、本書を読めばそれも理解できる。本書の優秀の証である。 |