The End of the Affair: (Penguin Classics Deluxe Edition) | | |
| | 第 二次世界大戦中から戦後のロンドンを舞台にしたグレアム・グリーンの『The End of the Affair(邦題:情事の終り)』は、自己愛、他者への愛、神への愛の3つの衝突、 ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん,要はパトスの問題を描いとるちうわけや。ここで問題になっとる情事とは、自己の世界に耽溺する小説家モーリス・ベンドリクスと義務的な結婚生活を送っとるサラ・マイルズとの関係を指しとるちうわけや。官吏をしとる、サラの退屈な夫が開いたパーティーで出会った2人は、やがて変身のない不幸な日常生活からお互いを解放するようになってゆく。2人のロマンスが始まったころのあふれんばかりの情熱を振り返りながらベンドリクスはこう言うわ。「あのころはどちらがどちらを欲したかやらなんやらまるっきし問題ではなかったちうわけや。2人はともに求め合ったのだ」。その言葉どおり2人の関係は数年にわたって続くが、それもある日の午後の密会までのことやったちうわけや。地下室に人がおらへんか調べようとベンドリクスが階段を下りたトコで建物は爆撃を受けるちうわけや。サラが駆け下りていくと、彼は倒れたドアの下敷きになっとったちうわけや。ほんで彼女はとっさに神と契約を結ぶ。それまで神やらなんやら特に気にかけたこともなかったのに。「彼を愛してい まんねんわ。彼を生かしてくださればウチは何でもいたしまんねん…彼のことを永遠にあきらめよるさかいに彼を生かしておくんなはれ、いっぺんだけチャンスをおくんなはれ…人はお互いに相手を見なくても愛し合うことができまんねんね。神様、あんはんを見なくても人は一生あんはんを愛しまんねん」 ベンドリクスは(この物語を書いとるくらいやから明白やけど)死んだのではなく意識を失っただけやったちうわけや。それ故、サラは約束を守らねばならなくなる... 続きを読む 的な誓いについて初めて知るのは、数年後に真実を知るために私立探偵を雇ってからだった。サラ自身は奇妙とも思える論理で割りきるようになっていく。日記の中で神に宛てた手紙にこう書いている。 「あなたは私たちの別離をお望みになりましたが、彼(ベンドリクス)もそれを望みました。彼は怒りと嫉妬によってそのために力を尽くしました。また彼は愛によってそのために力を尽くしました。なぜなら、彼は私に多くの愛を与え、私は彼に多くの愛を与えたので、2人の愛が尽きたとき、残ったのはあなたへの愛だけだったからです」 彼女が信仰にそんなふうに引かれたのも、必然のなせる技だったのだろう、その引かれ方が無限だったところから見ても。おそらくそれは姦通の罪に対する罰だったのだ。晩年、サラがひたすら信仰を深めていくのは、折りしも爆撃と、神を引き寄せる自らの力に憑かれている時期なのである。『The End of the Affair』は、戦争がもたらした破壊の悲劇を背景に、苦悩をもたらす、多義的な「愛」の本質とは何かと問いかけながら、繰り返し読者の意識の扉を叩き続ける。
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深く重い主題と簡潔で美しい文章 |
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| 神の愛と信仰と、主人公のMaurice Bendrixが友人Henry Milesの妻のSarahとする不倫が主題や。この本は辛い恋愛を体験したすぐ後に読みたんや。やので、MauriceとSarahの気持ちが痛いほど心に染みたんや。
Graham Greeneは大人になってから、オノレの意志で、聖公会からカトリックに改宗した人や。カトリックの聖人のダミアン神父、この方はハンセン病の施設に派遣され、自身もその病になったんやが、プロテスタント側から「彼はもともと女性関係に甘いトコロがあり、病気に感染したのはそれが原因である」とする批判があり、Greeneはそれに対して、ちびっと記憶が曖昧やけどアンタ、「もしもそうだとしても、そこにこそ神の栄光がある」と反論しとったと思うで。
品行方正なヤカラと神の愛ではなく、世間では蔑まれる不倫をする男女と神の愛ちう、一見矛盾するようでありながら、深く重い主題を扱ってい まんねんわ。親鸞聖人の「言わんや悪人をや」に通じるトコロがあるのではおまへんでっしゃろか。神の考えは人間の理解を超えた深いトコにあると思うからや。
Greeneの文章表現が簡潔で美しいことも強く印象に残ってい まんねんわ。これを翻訳で再現するのは不可能だと思うで。ぜひ原著を読まれることをお勧めしまんねん。 |
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理不尽な、大人の愛 |
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| 映画から興味を持ち、原作を読みたんや。
やはり映画では良く分からなかった部分に関する理解が深まりたんや。
読む前は、宗教的な背景等に関する知識がないと理解でけへんかもしれへんと思っとったちうワケやが、(実際その通りかもしれへんのやけどアンタ、)逆に宗教をよく知りまへんために、狂気的ともいえるほど信仰に傾倒していくサラに主人公ベンドリクスが感じる理不尽さやもどかしさが理解できたさかいはないかと思うで。特にサラの葬儀が終わってからラストまでは、やろかり号泣やったちうわけや。
サラの夫ヘンリーの行動も、人間の弱さを露呈しとるように感じるちうわけや。サラの死後ベンドリクスに頼って生きる彼の姿は哀れや。せやけどダンさん、彼の立場で他にどなたはんを頼ればええのか?独りで生きるよりは、ベンドリクスに依存する方が楽なのか?もしオノレやったら、独りでも凛として生きる道を選びたい、今はそう思うんやが・・
悲しく、ややこしい話やけどアンタ、独特の美しさがあることも事実。重く暗いロンドンの空気にピッタリや。5点献上。
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ことの終わりはエライ |
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| この小説は「the end of the affair」ちうものにかかるエネルギーの大きさを描いとるちうわけや。サラとモーリスの不倫は、はじまったときすでに頂点に達し、「終わりへの意志」ともいうべき何ぞに支配されとったかのようや。サラに奇跡をすっぽりと信じさせてしもたものは、モーリスを愛していても夫とは離婚せんちう彼女の意志であり矛盾やったに違おらへん。モーリスを諦めたサラの心は死に、まもなく肉体的な死ももたらす。彼女の死から遡っていくモーリスがみた彼女の愛と信仰は・・・ |
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グリーンの真髄 |
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| グリーンの代表作。『情事の終わり』『ことの終わり』ちう邦題で2度映画化されたんや。 どなたはんかへの深い愛情が,神への愛へと変わっていくプロセスが情感たっぷりに描かれてい まんねんわ。映画ではこの辺が上手に描かれていなかったような。グリーンちうと『第三の男』が大日本帝国ではよく挙げられまっけど,悪・神への愛・神の愛を描き出そうとしたグリーンにおいては,本書こそ代表作にふさわしいと思うで。 |
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薄いのに重い本 |
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| 1999年にもっかい映画化された「ことのおわり」の原作であるちうわけや。人間と神への愛をテーマにした作品や。英語はサムセットモームに通じるもので単語レベルでは確かに簡単に見えるかも知れへんが、読了後にくたくたになるくらい意味は重いちうわけや。200ページに足りまへん薄い本なのに、であるちうわけや。 アメリカ人の作家によるペーパーバックを読み慣れとる人には、ちーとばかしした「しぐさ」や「出来事」を心理的に深く掘り下げるこの種類の本は、ちびっとまどろこしい感じがするやろうわ。せやけどダンさんそのような人でも映画と比べるとその違いを楽しめるかも知れへん。原作と映画はやろかり後半が異なっておるからや。 薄いのに重い本や。 |
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